依存されたい男と困っている人を助けたい男
顔を殴ろうなんて思っていなかった。
「ええと、どれだっけ。釜玉うどん?」
足跡型のしるしに沿って学生たちが並ぶ食券機の前で、そいつは聞いた。答えたあとに、「かき揚げもいい?」と付け足した。こいつは知り合ったばかりの俺に昼食を奢ってくれるらしい。
だから、揚げたてのかき揚げを少し沈めてから食べているとき、口元の傷の理由を少し茶化して話してやった。
彼女と別れ話になって、口論になって、顔をぶん殴ってやったら(これは伏せた)、打たれたことを。
もう一発どこでもいいから殴ってやろうとした俺に反撃した形だったが、そこも省略させてもらった 。
「壮絶だね」
そいつは目を丸くして、おろしうどんを食べる手を止めて聞いていた。
薄く色のついたシャツに大きめのニットベストを着ていて、塾講師に見える。
そんなやつには面白い話になっただろう。顔なんて殴るつもりはなかった。
俺を拒絶しないで欲しかっただけだった。でも、彼女は全力で俺を否定していた。そんな目で見ないで欲しかっただけなのに。
「口、染みない? 痛そう……」
「けっこー痛い」
「ヒステリーな女にこっぴどく振られた男」らしく笑ってみせると、そいつも困ったように笑った。目線が俺の口元の傷をなぞる。この傷が、100%女のせいだと思ってくれている。
「ごちそうさま。うまかったあ」
じゃあ、と軽く手を上げて学生たちの群れに紛れていくそいつを見送った。必須の英語の授業の先生が同じかどうか聞いとけば良かったと思いながら。